気になる会社設立

発展途上国にとどまらない。
米国のアリゾナ、ニューメキシコ州、ソ連のカスピ海東岸のカザフ地方、オーストラリア中央部などでも、砂漠は日に日に拡大している。
UNEPは、毎年世界で六〇〇万ヘクタールの土地が砂漠化していると推定する。
このうちの三二〇万ヘクタールが放牧地、二五〇万ヘクタールが天水農地、一一万五〇〇〇ヘクタールが濯漑農地だ。
さらに三五億ヘクタールが砂漠化の影響を被り、潅漑農地二七〇〇万ヘクタール、天水農地一億七三〇〇万ヘクタール、放牧地三〇億七一〇〇万ヘクタールなどに被害が出て、農作物などの被害総額は年間二六〇億ドルに達するという。
見方を変えれば、乾燥地の八〇%、天水農地の六〇%、濯漑地の三〇%に影響を及ぼしていることになる。
世界人口の六人に一人に相当する八億五〇〇〇万人が、砂漠化の影響を受けているとも推定される。
「砂漠化」の定義については、一九七七年にナイロビで開かれた国連砂漠化会議で、合意されたものが、もっとも二般的である。
砂漠は「不十分な降雨、または土壌の乾燥が原因で、植生が稀少あるいは欠如している地域」と定義され、砂漠化は「砂漠的な環境が、自己増殖あるいは拡大し続けている」状態であり、「人口増大に伴う開発中食糧増産努力、新技術の導入によって、乾燥地、半乾燥地の生態系が破壊されて不毛化する」のが原因としている。
この定義を証明するように、この砂漠化か急激に進行している背景には、もっとも砂漠化の影響を受けやすい乾燥地帯の人口の急増がある。
国連の人口統計から計算すると、一九六〇~八五年の間に、一億八四〇〇万人が乾燥地帯に進出してきた。
この間に世界人口は五六%増加したが、乾燥地人口は八一%も増えた。
この八割以上が農業、牧畜で生活している。
人間と家畜が砂漠を引き出していく過程は、さまざまな例からも明らかである。
人工衛星写真を見ていくと、写真の中に国境線を描き込んだわけでもないのに、くっきりと国境が現れる地域がよくある。
国によって土地の利用形態が異なり、それがパターンの差となって浮き出してくるのだ。
その典型的な例が、エジプトとイスラエルの国境である。
一九六九年、シナイ半島で両国を隔てる国境線が鉄条網で区切られた。
その後、エジプト側は、山羊、羊、ラクダが盛んに放牧され、ベドウィン族が粗放な農業を続けた結果、砂漠化か進行している。
一方、イスラエル側では、濯漑農業が行われ植生もほとんど破壊されていない。
この差が人工衛星の画像にはっきりした国境線として現れる。
しかもイスラエル側は画像でも雲が覆っていることが多いが、エジプト側では雲はほとんど見られない。
緑があると、雨が降りやすくなるという実例でもある。
同じ画像は、南アフリカ共和国とその中に浮島のように存在するレソトとの国境でも見られる。
レソトでは国策として盛んにウシの放牧が行われているが、それは草の生産量を無視した過剰な放牧だとする批判も強い。
南アフリカの方は、まだしも自然が残されている。
人工衛星写真の上に地図を重ねてみると、ピッタリ重なり合うほど、写真上に国境線が浮かび上がっている。
こうした砂漠化に対して、世界が立ち上がることが国連砂漠化会議で決議されたが、ほとんど進展していない。
UNEPのトルバ事務局長も「問題の大きさに比べて、進展はあまりにも遅い」と認めている。
UNEPの推定では、砂漠化防止の費用は、概算で九〇〇億ドル。
この中には、潅漑設備費、砂丘の固定作業などが含まれている。
しかし現実に世界から集まったのはわずかに一〇〇億ドル。
この一〇%が砂漠化対策に向けられたのに過ぎない。
土壌の侵食や砂漠化を阻止するために、世界的に農業基盤の再建が叫ばれている。
再建には濯漑が欠かせないとして、国際機関申先進国による発展途上国向け農業援助は、濯漑施設の建設供与が、最大の比重を占めている。
たとえば、世界銀行は全農業融資の三分の一以上を潅漑に投入している。
欧米や日本も濯漑の援助に力を入れている。
世界人口は年間七%の割合で増えているのに、農地の増加はほとんど頭打ちである。
増え続ける人口を養うには、濯漑で生産性を上げるしかないからだ。
世界食糧農業機関(FAO)によると、世界の農地のうち、潅漑されているのは一五%にすぎず、ここで農業生産の四〇%を上げている。
たとえば、東南アジアのコメどころタイでは、濯漑された水田は無漂漑のものに比べて、収量は二倍も高い。
過去三〇年間に二倍の増産になった世界の穀物生産も、潅漑とこれに伴う化学肥料・農薬の大量投入で初めて可能になった。
とくに、「緑の革命」でもてはやされる高収量品種では、濯漑と農薬が欠かせない。
だが、濯漑面積の増大とともに、いくつかの問題が表面化してきた。
その最大の問題が塩類の集積だ。
スーダンで、世界銀行の融資で造られた浪漑施設を見たことがある。
ちょうど乾期だったこともあるが、まるで地面から粉を吹いたように塩分が層となり、あたり一面、畑がひび割れて砂漠と化していた。
砂漠化を阻止するために濯漑をしたのが、かえって砂漠をつくり出していたのだ。
実は、世界的に浪漑が増えれば増えるほど、耕作不能になる耕地もまた増大しているのである。
塩分集積を起こす原因としては、潅漑に使う水に塩類が含まれていて、それが土中に集積する場合と、下層上に含まれている塩類が濯漑の水によって溶かし出されて、水分が蒸発するときに塩類だけを残していくために蓄積する場合とがある。
とくに、この下層土の性質が大きく関係し、中東やアフリカのように土壌中に炭酸カルシウムが高濃度に含まれ、日射が強く水分の蒸発の激しい地方では、塩分集積をきわめて起こしやすい。
一方、日本のように、温暖でしかも雨の多いところでは、塩分を洗い流して集積は起こりにくい。
表土中の塩分濃度が二〇〇〇から三〇〇〇ppmになると、ほとんどの作物は育たない。
通常のコメは六〇〇~七〇〇ppmが適している。
塩類集積は古くて新しい問題だ。
メソポタミアの古代文明が崩壊したのも、塩類集積が原因とされている。
この「肥沃な三日月地帯」で潅漑が始まったのは、紀元前四〇〇〇年ごろ。
シユメール人はチグリスーユーフラテス両河川の氾濫原に水路を建設、水を遠くまで引いて潅漑した。
その豊かな農業生産の上に文明が花開いた。
だが、考古学者の発掘によると、紀元前二五〇〇年ごろから、塩類集積が深刻化してきたらしい。
それまで作られていた小麦、大麦は耐塩性の品種に代わっていく。
紀元前一七〇〇年ごろになるとそれも姿を消し、肥沃だった南部で穀物を栽培していた痕跡がなくなる。
そして、ウルやウルクのシュメールの都市も崩壊してしまう。
さまざまな発掘データからみて、紀元前二四〇〇年ごろは、一ヘクタール当たりニトンほどあった小麦の収量が同一七〇〇年ごろには〇・七トンほどになってしまったらしい。
その後ササン朝ペルシャによって三世紀に潅漑施設が再建され、農業が復活するが、七世紀にはそれも塩類集積によって完全に役に立たなくなり、やがて「文明のゆりかご」の地も遊牧民だけになり、歴史に埋もれていく。
かつて、二五〇〇万人が住んでいたという一帯も現在では1000万人も満たない。
しかも、食糧は輸入に頼っている。
同じことが、今も世界のいたる所で進行している。

今や会社設立は欠かせません。もう会社設立以外は必要ないでしょう。
会社設立を無料で提供します。インパクトのある会社設立です。
会社設立にとっても便利な会社設立の情報はここで調べよう。